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昨日、写真整理をしていたのですが、
幾つかの写真フィルムを発見しました。

フィルムの中身は1990年(平成2年)時の入社式でした。
1990年というとバブル景気の最後の年です。

ちなみに当時の流行を調べたところ
「ティラミス」や「ファジィ」、「ランバダ」など…。
いや~、本当に懐かしい限りです。


通常の入社式だったら何でもないのですが
バブル最後の入社式と知ってしまうと
何かがあるのではと期待が高まります。
と言うか…、気になって堪りません。


ちなみにフィルムの存在をこの年に入社した先輩に話したところ
苦笑いで「処分してくれ」と言われてしまいました。

その表情と返答は余計に期待大です。

夏休み明けにしっかりと現像させて頂きます。

8月6日。毎年、この日の朝は黙祷から始まります。

今から63年前、広島に原子爆弾が投下されました。
その当時、広島市の塚本町(現:堺町)で営業していた中本本店は被災により全工場を焼失。社員の方も亡くなったと聞きます。

創業者である中本勝三は、焼け野原となった白島の地で戦後すぐに中本本店を再開。その後中本本店は広島の街とともに復興を果たします。

原子爆弾が投下されたのは事実であり、もちろん記念誌を作成する上で掲載すべき内容だと思います。勝三は焼け野原の中、大きな夢を抱き復興を志したに違いありません。私たちは記念誌を通して、戦後間もない創業者の姿にどれだけ迫ることができるのでしょうか…。

新資料が発見されました。
昭和17年当時の廣島電話番號簿です。
いわゆる、戦時中の電話帳です。

社員が、出版社の方より入手しました。
原本ではなく、コピーになるのですが
記念誌作成に於いて、非常に貴重な資料です。


その電話番號簿の表紙には
「防諜は誰にも出来る御奉公」
「電話口にもスパイは躍る」
という言葉が入っており、時代背景が色濃く反映されています。

戦争を体験していない私たちでもその電話帳の言葉を見ると、
戦時中の物物しさが伝わってきます。

さて電話番號簿がどのような物なのかは、
記念誌が完成してからのお楽しみということで…。

スローガン案の作成と同時に
もちろん仮目次の作成もやっていました。
その仮目次がようやくできました。
(だいぶ手間取ってしまいましたが…)

仮目次ができたおかげで、
今まで漠然としていた記念誌の全体像が見えてきました。

今日もまた前進です!

5月31日 17:15~ 会議室にて

本日の会議は先日より作成していたスローガン案の発表です。
まずは、たくさん作ったスローガン案よりお薦めのスローガンを5つチョイス。
そしてお薦め以外の案も、その他の案として発表します。

委員会のメンバーは案が載った用紙をペラペラとめくっていきます。
その他の案の後半に入った時、若干の笑い声が会議室に響きます。
笑いのスローガンが目に入ったようです。
(笑いのスローガンを破棄せずに、保存していて良かったと思える瞬間です。)


予想通り笑いのスローガンは選ばれることなく
お薦めの案でOKが出ました。
やはりお薦めは、お薦めです。

最終的には社長を交え、これらの案をブラッシュアップし、スローガンとなります。
どんなスローガンになるかが楽しみです。